円相場歴史:ドル/円チャート長期|1.10.20.30年推移

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円相場の歴史

【1949年–1971年8月 360円固定レートの時代】
日本はブレトン・ウッズ体制の下で1ドル=360円の固定相場の時代となった。
戦後のアメリカは冷戦の中で西側世界のリーダーとなり、経済的にも繁栄しドルが基軸通貨となった。1960年代になるとベトナム戦争への膨大な出費などからインフレが進み、ドル不安が起こるようになった。ドル不安は1971年8月15日のニクソン・ショックで表面化した。
1971年12月–1973年前半 スミソニアン体制
ニクソン・ショックの後、スミソニアン協定でドルの切り下げが決められ、1ドル=308円となった。

【1973–(変動相場制)】
1973年2月 変動相場制への移行。
ドルの固定相場制の維持が困難になり、日本は1973年2月に変動相場制に移行した。変動相場制の導入直後に1ドル=260円台まで円高が進んだが、1973年秋のオイルショックで1ドル=300円近辺まで戻り(有事のドル)、1976年末頃までしばらく安定の時代となった。

【1977年–1978年末】
このころ、円高(ミニ不況)が進み、はじめて1ドル=200円を突破した。1978年末頃には一時1ドル=180円を突破した。

【1978年末–1985年】
アメリカのカーター政権下でのドル防衛政策の他、イラン革命の進行によるオイルショック懸念、ソ連のアフガニスタン侵攻で再びドル高となり、1980年には1ドル=250円付近まで円安が進んだ。以後、しばらく200-250円で推移した。

【1985年–1988年末】
1985年秋のプラザ合意によるドル安誘導政策で急激に円高(円高不況)が進行した。プラザ合意発表直後に円ドル相場は20円ほど急騰し、1985年初には250円台だった円相場が1986年末には一時160円を突破した。その後も円ドル相場は史上最高値を更新し続け、1987年2月のルーブル合意でドル安に歯止めかける方向で合意したもののしばらくドル安が進み、1ドル=120円台にまで上昇した。
日本国内では、激しい円高の影響で、輸出産業が打撃を受けた一方、円高不況回避のため(当時としては)異例の超低金利政策を行ったため金余り現象が発生。それら資金が土地や株式への投資に繋がりバブル景気へと向かった。この時期、OPECの弱体化で原油価格も大幅に下落し、円高とあわせて、国内経済は原油相場の影響を受けにくくなった。

【1989年–1990年初頭】
円ドル相場は円安傾向となり、120円台から160円付近まで下落した。このころ、日本国内はバブル経済の最盛期に向かう一方で、世界的には冷戦時代が終結に向かいつつある時期でもあり、天安門事件、東欧革命、ベルリンの壁崩壊など歴史上大きな事件も進行していた。

【1990年–1995年4月 超円高】
湾岸危機など短期の上下はあるものの、長期的には円高で推移した。1989年末にピークを付けた東京市場の株価は、1990年に入ってから暴落に転じ、バブル景気に陰りが見え始めた。海外投資や輸入が収縮する一方で輸出は依然強く、円高が進行した。1994年にはじめて1ドル=100円の大台を突破し、1995年4月19日の午前9時過ぎには79円75銭と瞬間1ドル=80円割れを記録した。
90年代前半、不況対策として公共事業を増大させていたときには為替レートは上昇していた。その後、公共事業を削減していたときには為替レートは下落した[57]。

【1995年–1998年夏】
阪神・淡路大震災をきっかけに、それまで積み上がっていた円キャリートレードのポジションが解消され、いったん超円高となった。
超円高から円安へと向かった。日米が合意して調整した結果、一時は1ドル=100円まで是正したが、急に20円安もの変動となった。さらに、1998年秋には一時1ドル=140円台まで下落した(8月11日には147円64銭)。日本国内では、バブル経済崩壊後、不良債権や金融機関の破綻などさまざまな問題が表面化し、1997年秋には大手証券や銀行の破綻など危機的な状況となった。また、日本国外では1997年夏のアジア通貨危機や1998年夏のロシア財政危機などの事件が起こっていた。

【1998年秋–2000年】
円安が底打ちすると急激に巻き返し、1998年10月に日本長期信用銀行が破たんするまでに1ドル=120円台を突破した。1999年2月にゼロ金利を導入するとしばらくは円は下がり続けたが、同年後半からは再び急激に円高に動き、2000年初頭までに103円台まで値を上げた。
一方で、対ユーロでは2000年10月26日に1ユーロ=88.87円とユーロ誕生の1999年1月以降では歴代最高値を記録した。

【2001年–2004年】
2001年のアメリカ同時多発テロ事件で金融市場は大混乱し、ドルと米株の暴落に連動して円相場も急落、2002年初頭までには1ドル=130円台まで値を下げた。その後、国内ではいざなぎ越えの景気が始まるとともに円相場も持ち直し、2002年下半期までには120円前後まで上昇・推移した。2003年5月にりそなグループが公的支援を決定すると一気に円は買われ急上昇、2004年初夏には100円近くまで値を上げた。

【2004年–2007年夏】
2004年以降は円安傾向に移行した。ことに、1999年以降導入されていたゼロ金利政策がより拍車をかけ、円キャリートレードの傾向が円売りを加速させた結果、2007年7月には数年ぶりに1ドル=124円台を記録した。円が実体経済以上に安くなったことから国内では外需依存型の円安バブルが中規模ながら発生し景気回復の一助となった。

【2007年秋 円高時代の再来】
円安から円高に移行した。夏にアメリカのサブプライムローン問題が明るみに出ると一気にドル売りが進行し、8月上旬には1ドル=112円台と1日に5円前後も値を上げることもあった。その後もドルに連動しながら時に乱高下を繰り返しながらも上昇は止まらず、2008年3月にはついに約13年ぶりに1ドル=2ケタ台を記録、3月17日には95円台を記録した。
その後、再び100円台に巻き返したが、10月に発生した世界同時株安によって円キャリートレードは巻き戻された結果、消去法で日本円が買われ再度2ケタ台に。その後90円を突破して12月18日は1ドル=87円台まで上昇した。
一方で、対ユーロでは2008年7月23日に1ユーロ=169.93円とユーロ誕生の1999年1月以降では歴代最安値を記録した。

【2012年秋に入っても円高ドル安傾向】

9月に1ドル=77円台前半を記録した。
11月中旬、野田首相が衆議院解散を表明した頃から徐々に円安に転じ、12月中旬の衆議院総選挙の前後から、自民党の経済刺激策を期待して、12月28日には1ユーロ=113円前後、1ドル=85円前後となった。

【2013年アベノミクス】
安倍内閣がアベノミクスを掲げデフレーション克服、インフレターゲットを設定し、大胆な金融緩和措置を講ずるという金融政策を表明したことから円は、ドルやユーロに対して徐々に下落する。
1月17日、円安ドル高が進行し、1ドル=90円台を記録した。2010年6月以来2年半ぶりの円安・ドル高水準。2月1日には1ドル=91円前後、1ユーロ=124円前後となった。
5月10日、ニューヨーク外国為替市場で円安ドル高が進行し、1ドル=100円台を記録した。2009年4月14日以来の円安・ドル高水準。

【2016年原油価格の影響等】
ドル円110円前後のボックス。
WIKIより
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